蒼井翔太に落ちたジャニオタ

母親からイケメン好きを受け継ぎ、小学生からジャニオタだった現在社会人のオタクで夢女子で腐女子が蒼井翔太にはまった。今もジャニーズ、ジャニーズjr、男性声優を追っかけしている。

担降りができない

どうも。13年目の大倉担です。今でこそこうして蒼井翔太についてのブログを作っていますが小学校5年生の頃から正真正銘のジャニオタです。

 

最近の悩みは「大倉から担降りが出来ないこと」。悩みすぎて仕事も手に付かず、仕事時間中に会社のPCではてなブログにある「担降り宣言ブログ」をよみあさって「わかるうううううううう」なんておもいながら「このひとたち文才ありすぎだろ」と尊敬しながら仕事してます()

 

私が関ジャニ∞大倉忠義を好きになったきっかけは正直おぼえてません。2歳上の姉が中学校に入りどうやらKAT-TUNがすきな友達ができたことがきっかけだったようです。そのDVDを借りてみていたような記憶はあるし、多分KAT-TUN関連で少クラ見ていた記憶もあります....そのうち関ジャニ∞が好きなったんだと勝手に思ってます。

今思えば、一番最初にエイトをみたのは「大阪レイニーブルース」でMステに出ていた時。今でも鮮明に覚えている曲のタイトルが1文字ずつ書いてある黒い傘を後ろにたっているJrがくるくるまわしている異様な光景。その時の小学生の少女は「え、きも」とおもってました(笑)

「好きやねん、大阪」で三週連続Mステに出演していた時はもう好きでした。エイトで最初に見たDVDは多分「Spilits!!」これを見て大倉を好きになったのかなぁ.....本当に覚えてない。いつのまにかたっちょんが世界で一番すきだったし結婚したかったし生活の中心が関ジャニで大倉だった。車で出かける時は常にエイトのアルバムを家族で聞いてたし、「Spilits!!」「Excite!」「Heat up!」「47」のDVDはすれる程見たし。すれるまえにダビングして週末はずーっとみてたしMCもしゃべれるぐらい。当時はやってた加工画像プリントしてノートに貼ったり、大倉ノートをつくったり。プロフィール帳の結婚したい人欄は大倉忠義以外書いたこと無いくらい。中学校3年間も全力で大倉担だった。友達が韓国アイドルにはまってもEXILEにはまってもわたしはずっと大倉担。学校でも関ジャニの話が出来る友達とずっとはなしてたし、学校に行く前はエイトの曲を聴いてから登校してた。

高校に入ってバイトを始めた。初めての給料でエイトのファンクラブに入った。初めてエイトのLIVEに行ったのは8UPPERSの広島公演。初めてのLIVEで大倉忠義はトロッコで1m先にきた。私はとっさに手を伸ばしたけど伸ばした先は大倉の腰。ピュアな高校1年生の私は「さわっちゃだめだ!」と瞬時に判断しててをひっこめ「てへっ★」とかやってふざけながら通って行く大倉をみつめた。はじめてエイトを生で感じてさらに大好きになった。姉はそのころはエイターではなかったとおもう。その後もバイトはしていたけど月1万円程度のお小遣いでライブに行く余裕はなかったしDVDも買えなくて友達にかりてみていた。初めて自分で買ったシングルは「無責任ヒーロー」だし。それまでは姉が全部買っていたから....。

 

高校1年生ぐらいからニコニコ動画や歌い手にはまって、ネットの友達と毎晩通話するようになって、高校2年で友人に誘われるまま美術部に入部して、私はオタクになった。教室ではパリピと騒いで、美術室ではオタクと盛りあがるみたいな謎の二重生活。その頃うたプリの1000%が話題になって今の私があるといっても過言ではない。

しばらくはエイトにお金もつかってなかったものの、CDをかりたりテレビを見たりしてエイターで大倉担であることはからわなかった。パッチに行った後に行ったLIVEは8EST。ここではじめてエイター友達というものができて一緒に写真を撮ったり参戦のために学校の授業でかばんをつくったりしてジャニオタ人生をそれなりにたのしんでいた。そのときは姉も一緒に行った。パッチに入った時と同じような席でまたトロッコで目の前に大倉が来た。いっぱいよんだ。やっぱり見てはくれなかったけど近くで見た大倉はこの世の物とは思えないぐらいイケメン。念願の大阪ロマネスクを生で聞けたのもうれしかった。

高校を卒業する頃には、私は立派なアニオタジャニオタ腐女子という社会的敗北者が完成されていたものの、もともと体育会系で明るい性格、パリピ気質なおかげでクラスのギャルたちはわたしはオタクだということを肯定していてくれたし、カラオケでアニソンやジャニーズしか歌わなくても「この前のアレ歌って!」とか言ってくれていたおかげでクラスのカーストは中間より上ぐらいにいれた。

 

その後専門学校に入って、周りは一転してオタクだらけの生活。もともと影キャが苦手ではあったけど、オタク趣味が死ぬ程あう友達が沢山出来て毎日楽しかった。授業の合間にアニメを見たり、教室中からラブライブのしゃんしゃんが聞こえたり、声優のはなしにもりあがったり。高校のおわりぐらいからわたしは安元さんと達央がすきだった。BLCDばっかり聞いてたので...。

 

それでもわたしはずっとエイターだった。大倉が世界の一番であることはかわらなかった。しかしここでいきなりSexy Zoneにどはまりする。セクゾの中ではjrのころ、ふまけんが少クラにではじめたぐらいから「やばいシンメができたなあ」と思ったり、B.I.でいろいろあったときも見てたし、セクゾでデビューってなったときはかなりの衝撃でそれぐらいから気になってはいたけど。これまた何を見てそうなったのか分からないけど、中島健人が好きになった。いや、おちたというのがあっているかも。あのくっせーセリフを大まじめに言うくせに言った後には照れる感じがマジで王子様降臨ってかんじ。歌もパフォーマンスも最高。緩急があって美しい健人のダンスが今でも大好きだ。学校休んで神戸まで遠征してLIVEにも一度行った。アリーナ席のなかなかの良席だった。ファンサをばんばんきめていく健人はしぬほどかっこよかった。でもそれと同時に今までに感じたことの無いファンへの嫉妬心。大倉担ときにはこんなの知らなかった。大倉は空中ファンサしかなかったから。ファンを恋人のように扱う中島健人はすごかった。そのときも大倉から健人に降りた方が幸せかもしれないと悩んだけど、その後に行ったエイトのLIVEでやっぱり大倉が私の世界で一番だと確信する(チョロい)

 

しばらくは大倉と健人を掛け持ちとしていたけど、セクゾのFC期限が切れたときにセクガルとしてもフェードアウトしていった。今は中島健人を担当とは言えないけど、やっぱり彼をテレビで見るとすきだとおもう。

 

セクゾにはまったころからテンプレ通りにJrにもくわしくなるよね。エイトをずっとおってたからエイトが少クラにでてたころのエビキスクエスチョンあたりのJrしかしらなかったし、そのころにはみんなデビューしたりやめたり、エイトも少クラにはでなくなってたので全く最近のjrについていけてなかった。せくしーふぁみりー()ぐらいからjrにもはまったけどこれといって惚れた子はいなかった。

 

専門1年の終わり頃に、プリライ3rdの映像をたまたま見たことをきっかけに蒼井翔太くんに出会いどはまり。この辺は最初のブログに書いてる。

 

2年生のおわりごろ、せりなとうわさになったことを友達に毎日ネタにされた。ことぶきるいのときもせりなのときもそれなりにイライラもしたしむかついて夜泣いたりもしたけど「ツーショもないのにうるせえ」と思えた。

エイトのLIVEには毎回2公演は入ったり遠征しまくったり、その頃にできた友達とエイトカラオケしまくったり一緒に遠征したりとジャニオタアニオタ生活をかなり満喫。就職し三年目の今もエイトのLIVEは行ってるし、蒼井翔太くんの現場もちょこちょこ行ってる。

 

そうやってるとやっぱりお金がなくなるんですよ。別の趣味でコスプレもしてるから余計。そこでエイトにあんまりお金をつかわなくなるけど、姉が全部買ってくるので問題なかった。というか2人とも就職して収入が増えたおかげで初回も通常も全部買うとかはできるようになってエイターであることがたのしかった。エイトの仕事も順調に増えたり、昔は「え〜かんじゃに?」なんて言われたりもしてたけど今は「あ〜いいよね関ジャニ!」って言われるぐらい素敵なグループだし。やりたいことをやれるようになってそれが世間につたわるようになって。うしろでしゃべらずむふふって笑ってた大倉忠義もいまでは積極的にしゃべってるし、顔はむらがあるものの年々かっこよくなっているし、悪態もつくようになったし。エイトが売れれば売れる程ほこらしかった。

 

とはいえアニメや声優への熱があがってて、エイトおりるかも。。。と何度もなやんだ、その度にLIVEがあって「やっぱり好きだ」って何回もおもった。大倉の居ない元気魂のオーラスは死ぬ程泣いた。そのときに「わたしってこんなに大倉のことがすきなんだ....」って。失って初めて気づくじゃないけど、大倉が居ないエイトは応援できないって分かったことが悲しかった。大倉の居ないドラムセットをながめた。大倉が居ないと双眼鏡もいらないってわかってしまった。それぐらい大倉が好きなんだ。って分かったのに。

 

フライデーでとられた時。かなりショックだった。「友達です」って。いいましたよね?ツーショット?旅行?もう30だし、恋愛すんなとは思わないし女いてもおかしくないっとはおもってたけど、これはないんじゃない?私はアイドルとして恋愛は「世間にバレないようにするのが夢売るアイドルの責任」だとおもってます。それはファンのエゴなのかもしれないけど、アイドルをいう職業を選んでいる以上スキャンダルに敏感で居てほしかった。しかもLIVE前。幸せな気持ちでいこうと思ってたファンにたいしてなんともおもってないの?前回のツアーで体調不良で欠席して「あいたかったよね?おしゃれしてくれたよね?みてくれるかなっておもってくれたよね?」っていう大倉のブログに救われた気持ちが一気に崩壊したような気持ちになった。LIVE前に海外旅行?また体調不良で休むんです?女と旅行行ってましたって?しかも芸能人カップルましてや大倉がジャニーズでアイドルなのに撮られたらやばいとか思わなかったんだ?熱愛出て記者もマークしてるとわかっているのに?大倉ってけっこうふわっとしててあまり普段「アイドルアイドル」してるわけじゃないけど、LIVEのあいさつでささること言ってくれたりブログで言葉でつたえてくれたり、アイドルがすきだったりする「プロ」だとおもってた。けど結局プロ意識のなさでこうなったのが辛くて苦しくてむかついて悲しかった。

 

それからやっぱり大倉にたいして純粋に好きって思えなくなってきて。エイタメ前にビジュアルしぬほど仕上げてきた大倉に感動はしたし世界一好きな顔面で殴られたような気分になったけど。大倉の強くてあざとくてずるくて性格の悪いところがわかったような気がする。そういうところも昔はきにならなかった。それ以上に大倉忠義がすきだった。

 

それからは割と大倉からはなれた生活をしてる。すきだったラジオも聞く気にならなくて。でもジャムとクロニクルは毎週みてる。見るとかわいいなあかっこいいなとはおもう。今はそれさえ苦しい。大倉を嫌いになれたらそれだけ楽だろう。13年の月日がそうさせないのか、エイトがそうさせないのかわからないけど。エイトはこれからもずっとおいかけていきたいしこれからどんなおじさんになっていくのかとてもたのしみ。それに大倉担ではない自分を想像できない。大倉担じゃないエイターになるやり方がわからない。どういうスタンスで大倉をみたらいいのかわからない。もう降りよう、大倉担やめようとおもっても、じゃあだれに?応援してるjrもいる。いまはjrではSixTONESがいちばんだとおもってるし、京本大我がすきなんだけど、大倉を降りる理由にはならない。蒼井翔太をすきになってもそれも大倉を降りる理由にはならない。

 

好きだかっこいいと思うと同時に、なんで私こんなやつ好きなんだろって悩む。完全にクズ男にはまる重い彼女よ。今はほんとうにどうしたらいいかわからないし、ことしのツアーも1公演は入れることになったから、そこでなにか分かるかも。また好きって思うかも。

 

同じようになやんでる大倉担いないかな。